戦後間もなく、鴨川商店として鴨川正夫(祖父)が醤油原料などの卸を始めたのが鴨川塗装の始まり。
その頃は原料の販売だけでなく、『人の為ならなんでもやる!』そんな中に工場の煙突掃除もありました。
『煙突を少しでも 長持ちさせたい。』そのような考えから、祖父は塗装工事を試行錯誤しながら始めていきました。
塗装の仕事が軌道に載り、昭和34年に鴨川特殊塗料として浜松市中央区野口町に設立、
下町のペンキ屋さんとして大変重宝された様です。
その後、塗料メーカーに勤めていた鴨川利夫(父)とサラリーマンだった鴨川和夫(叔父)が
祖父・正夫の仕事を拡大すべく、会社としたのが昭和52年。
当時は景気も上向き、地元浜松の企業様の工事を初めとして、どんどん建設されていく建物、
住宅の塗り替え工事を中心に会社は信頼を頂いて行きました。
小さいころから父や、毎朝出社してくる職人さんの仕事を見ていた私(稔)は、必然と大きくなったらこの職業に就くと決めていました。
たまに手伝う父の仕事は難しい中にも楽しさがあり、現場の魅力に取りつかれて行きました。
学生時代は、『真逆な資格を』と考え教員免許を取得し、卒業後はそのまま、鴨川塗装に職人として入社しました。
入社してから10年は朝から晩まで現場に出る毎日。
高い所・狭い所・汚れた所の仕事も多かったのですが、仕事が終わった夕方、少しづつ綺麗になっていく建物を見るのが大好きでした。
先輩の職人さんに揉まれながら、塗装の技術を少しづつ身に着けて行き、現在の大きな礎となっています。
順調に思えた毎日に少しづつ陰りが見えてきました。
世界的に景気が後退し始め、メインであった企業からの仕事が少しづつ減り始めました。
会社の中では1職人であった私も、数年後には職人さん達の仕事を確保する立場にある・・・
そう考え、現場に出ながら、暗中模索で仕事を探して行きました。
学生からそのまま職人になった私は営業の事など判らない・・・
どうすれば良いのかと途方に暮れながらの毎日でした。悔しかったけど、確かにそうでした。
他の塗装店には無いサービス・技術・対応・努力すべてにおいて一番になりたいと言う思いは今も変わりません。
それはイコールお客様目線での対応です。
多くの現場を経験させて貰う中で、悲しい事に上辺だけの現場や業者に遭遇する事も多々あります。
だれにも負けない正直な施工をする為に、『ただ塗るだけの塗装はしない』
一軒一軒全力で取り組んでいます。
最近では、一番得意な塗装の技術を生かして、ボランティアに取り組んだり、
地域の皆様に少しでもお役に立てる会社でありたいと考えています。
街をきれいに、建物を長持ちさせる、そして喜ぶ顔を見ることが出来たら・・・
今でも現場に出続け、汗をかく毎日が充実しています。
鴨川塗装はこれからも地域の為に頑張っていけたらと思います!